耳を傾け、「聴く」詩の味わい。
ことばのリズムからフランス詩の魅力に迫る

森田俊吾

文学部言語文化学科ヨーロッパ?アメリカ言語文化学コース 講師

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ことばのリズムとは?

私の専門はフランス近現代詩を対象としたリズムの研究です。とくに20世紀の詩人であり、言語学者であるアンリ?メショニック(1932-2009)のリズム理論を基軸としながら、詩をはじめとする書かれたことばが持つ特徴的な「動き」を分析し、研究しています。

リズムとは何でしょうか。一般に「リズム」という用語は、音や動きの反復――心臓の鼓動、音楽の拍子、昼と夜の交代、詩の音数など――を意味することが多いです。こうしたリズム観は、プラトン以来の考え方に基づいており、リズムを「秩序だった運動」、計測可能なパターンとして捉える傾向があります。この見方は自然科学や古典的音楽には有効ですが、詩をはじめとする文学作品のような自由で複雑な言語のあり方をとらえる際には、どうしても限界があります。

そこでアンリ?メショニックはリズムを、決まった型や音のくり返しではなく、ことばが使われるたびに立ち上がる「意味のある動き」として捉え直しました。語順や音やアクセントの配置、行や句の切れ目、句読点による間のとり方など、あまり意識されてこなかった細部にも注目しながら、文章をひとつの発話の運動として捉え直すことで、そこに、生き生きとした意味が立ち上がると考えたのです。

リズムを「聴く」とは、こうした普段は意識にのぼらないような、ことばの微細な動きに注意を向けながら、固有の文学的テクストと向き合うことに他なりません。言い換えれば、それは〈意味がどのように生じているか〉という運動に耳を澄ますことです。しかし、何かを聴き取るという行為は、常に何かを聞き落としている可能性もはらんでいます。だからこそ、「自分が聴いているとは思ってもいない何か」までも含めて、テクストを繰り返し聴く姿勢が求められるのです。このことをメショニックは「私たちはリズムを通して、自らの無知と向き合う」と表現しました。この構えこそが、リズムに耳を傾けるという実践の出発点であり、そして同じ作品を何度も読み直すことの魅力でもあります。私の博士論文(現在オープンアクセスで公開されています)は、メショニックが書き残したテクストを世界中の図書館で探し出し、繰り返し読み直すことで、彼が「リズムを聴く」という姿勢のもとに、ユゴーやネルヴァル、マラルメといった詩人の詩をどのように読んでいたのかを具体的に明らかにしたものです。

??関連論文

アンリ?メショニック

"Fran?ais : Henri Meschonnic dans son bureau" by Catherine Zask, 1984(Licensed under CC BY 3.0)
https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/deed.en

フランス詩の多様性?中央と周縁の詩学

フランス詩の魅力の一つは、その国際的な多様性にあります。アフリカやカリブ海出身の詩人たちは、フランスの伝統的な韻律とは異なる語り口を用い、ケベックなどの詩人は英語の影響を受けた独自のフランス語を使っており、やはり作家?作品ごとに独特の「リズム」が感じられます。「フランス語の詩」といっても、その表現は地域ごとに大きく異なり、実に多彩です。

また、フランス本土でも、様々な地域言語が話されているのも魅力のひとつです。たとえば、南フランスではフランス語とは異なる「オック語」が話されており、現在でもオック語の詩集や小説が盛んに出版されています。フランスのルイ?アラゴンという詩人は、こうした地方の文化に敬意を示し、ある時それを「フランス全体の文化的な遺産」であると主張しました。ところが「オック語や南フランスの文化は、パリを中心としたフランス語文化とは異なるものだ」として、反発する作家や活動家も多くいました。その中の一人として、ジョエ?ブスケという詩人がいます。彼はフランス語で詩を書きましたが、中世の頃に南フランスで大きく発展した「脚韻」(詩句末の最後の音を繰り返す)の文化を特に大事にしていました。アラゴンとブスケは、ともに脚韻という伝統的な詩の技法を用いながらも、その使い方や意義をめぐって大きく異なる立場をとっていました。私はこの二人の脚韻論争を通して、音と意味の関係、そして伝統的な詩形式が持つ「国民的連帯」の象徴としての機能に注目した論文を書きました(こちらもオープンアクセスで読めるようになっています)。現代では詩が読まれる機会は少なくなっているかもしれませんが、広告のキャッチフレーズや歌詞には七五調のような定型の響きが使われており、「日本語らしく心地よいリズム」として自然に受け入れられています。けれども、その「心地よさ」とは誰のものなのでしょうか。たとえば、日本語を母語としない人が日本語で詩を書いたら、私たちはそのリズムをどのように受け取るのでしょうか。このように、ことばの響きひとつをとっても、それはその土地の文化や共同体のあり方と切り離せない問題を投げかけているのです。

??関連論文

詩のリズムを可視化するツールを開発中

詩のリズムがひと目でぱっとわかれば、多くの人に親しんでもらえるはず、そう考えて、文献資料をデジタル化する際に使用するツールを駆使し、詩に国際音声記号やアクセント記号を添えるだけでなく、韻を踏んでいる音には同じ色をつけるなどして、リズムを可視化することに挑戦しています。読み上げる習慣を身につけることで、フランス語の発音向上にも繋がればと考えています。

リズム分析

オープンアクセスへの期待

フランス文学研究の分野では、近年、論文のオープンアクセス化が比較的進んでいます。ただし、一部の大学や学会の論文は依然としてオンラインで閲覧できないものも多くあるのが現状です。フランスでは、論文を登録?公開するリポジトリ(研究成果データベース)が整備されており、私が大学院に在籍していた頃には、年度末に業績を一括登録するように言われていました。

文学研究においては、論文に加えて書籍の刊行も重要な業績です。しかし、書籍、とりわけ日本語のものは著作権や版権の都合上、無料公開が難しく、電子書籍化も限定的です。学術論文のオープンアクセス化が今後さらに推進されることは望ましい一方で、書籍という出版形態には、制作?流通?権利処理など、研究者個人では対応できない、さまざまな課題があります。そもそも「オープンアクセス化」という仕組みは、論文を主な成果とする自然科学系の研究を前提に設計されてきた面があるように思います。文学研究でも、「知を共有する」という理念には全面的に賛同しつつも、書籍を中心とした成果のあり方や、それを支える文化的背景もまた大切にしたいという考えが個人的にはあります。論文と書籍それぞれの特性を活かしながら共存できるような、新しい研究発信のかたちが模索されていくことを期待します。

Profile

博士(フランス文学?文明)。東京大学大学院総合文化研究科 博士課程満期退学。 新ソルボンヌ?パリ第三大学 博士課程修了。2023年から現職。

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