光を駆使して、分子の結晶過程をコントロール。
望むかたちに造形し、新たな物性を見つけ出す

松本有正

理学部化学生物環境学科 准教授

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不思議な性質「キラリティ」のおもしろさ

右手と左手のように、物体とその鏡像とが重ならない性質を「キラリティ」といいます。自然界に普遍的に存在する性質で、素粒子から分子、銀河まで、身のまわりのあちこちでキラリティをみることができます。

私がめざすのは、キラリティの対称性に注目した新材料の開発。とくに分子の集合体である「結晶」がテーマです。分子にはキラリティがなくても、分子が集まって形をつくってゆくときに右にねじれたり、左にねじれたり、形が偏ることがあります。対称性が崩れると、左に偏った結晶と、右に偏った結晶とで異なる物性が生まれることがあるのです。

キラリティをもつ結晶構造のもっとも有名な例は水晶です。水晶を分子レベルで観察してみると、分子がらせん状に並んだ集合体だとわかります。この分子のらせんの向きが揃って結晶となるため、右水晶、左水晶とよばれるキラリティーを持った結晶となります。(図1)右水晶も左水晶も大きくきれいに結晶が成長すれば、形で左右を判別できる場合もありますが、一見すると全く同じで区別がつきません。しかしながら光は電磁波の一種で波が振動して伝わっていくので、分子が一方方向のらせん状にねじれた構造を通り抜けるときに、振動の方向が右または左に動く旋光性という性質が生まれます。また光の振動の重なり方によっては左に円を描くような波になり,この光の回転が左右どちらの方向の回転なのか、水晶の分子配列が左回り?右回りのどちらなのかによって、光の吸収にも差が出るのです。(図2-1,2-2)これらの性質は水晶以外の物質にもみられる現象です。

分子がらせん状にねじれた結果、水晶に通した光が右または左に曲がります。光は電磁波の一種です。波が振動して大気中を伝わりますが、別の振動と重なったときに円を描くような波になることがあります。 この回転する光が左右どちらの方向の回転なのか、さらに、水晶の分子配列が左回り?右回りのどちらなのかによって、光の吸収に差が出るのです。そうして、左右いずれかに光が曲がる現象が生じます。水晶以外の物質にもみられる現象です。

図1

図1

図2-1

図2-1

図2-2

図2-2

思いのままに分子の結晶過程を制御できたら……

分子が結晶になる過程をコントロールできれば、光の回転方向を操ることができます。身近な例では、液晶ディスプレイ。分子の配列をコントロールして動かすことで、光の波の向きを変え、ディスプレイの表示を制御しています。私は、液晶よりも固体に近い物質を対象に、結晶化をコントロールする方法を探っています。

試行錯誤のなかで見つけた可能性の一つが、強く回転する光の照射。右回転または左回転の光を照射することで、固体中の分子のねじれを変化させられるのではないだろうかと思いつき、実験をしました。

すると、ある物質に左回転?右回転の光を照射すると、左右どちらかの光が通りにくくなることを確認できました。(図3)生まれる差はまだ小さく、専用の分析機でないと検出は難しいレベルですが、「光を当てると左右の性質が変わる」物質を見つけられたことは大きな一歩です。

図3

この技術が確立したあかつきには、光通信につかう半導体材料への応用が期待できます。半導体には「光造形」の手法で造形するものがあります。光造形は3Dプリンターでも知られる技術で、材料を光で硬化することで立体物をつくりだします。半導体の小型化が進み、技術はどんどんと微細化しています。これからさらに精密さが求められるでしょう。わずかな歪みでさえも物性に大きな影響がでます。望む方向に正確にコントロールして造形する技術が確立すれば、さらに高度な材料を生みだせると考えています。

理論にこだわり、モノを生みだす

電池のように正?負の電荷をもつ分極結晶の研究も進めています。なかでも注目するのは、圧力をかけたときに電圧が発生する「圧電効果」。分子のなかには、外部からのエネルギーを光エネルギーとして放出することで光る「発光分子」があります。(図4)この発光分子の結晶化を制御して分極結晶にすれば、結晶に圧力を加えて発生した電気をエネルギーにして光る材料をつくれるのです。

図4

セラミックスなどの無機材料では研究が進んでいますが、有機分子でも実現したい。まずは手当たりしだいにさまざまな結晶をつくっているところです。

手当たりしだいの実験も重要なデータの一つ

実験データが集まれば集まるほど、機械学習なども応用して、どんな条件だとどんな構造ができるのかなどの予測にもいかせます。どれだけの実験データ、観測データをもっているのかも、これからは強みになります。

興味の原点は、子どものころから好きだった鉱物。自然にできあがる結晶構造や分子の並び、規則性や対称性に惹かれてきました。「どうしてこんな形になるんだろう?」。抱きつづけている疑問は、いまも変わりません。

将来、AIをつかえば、答えはすぐに得られるかもしれません。でも、ただ答えを知るだけではおもしろくない。合成化学者として「モノ」を生みだすときでも同じです。モノができて終わりではなく、「こういう分子だからこうなる」と理論で理解することも研究の楽しみ。生み出される「形」にこだわりながら画期的な材料の開発をめざします。

基礎研究であれど、応用への目線は欠かせない

軸足は基礎研究ですが、応用研究の動向も注意深く追っています。たくさんの分子をつくっていますから、予想した通りの物性が出ないこともあります。そんなとき、応用の動向を知っていると、「この物性ならあの用途につかえそうだ」と別の道が拓くことが往々にしてあるのです。「こういうことができれば……」とアイデアがひらけめけば、とにかく何種類もつくってみるのがモットーです。

オープンアクセスへの期待

高校の「探究科目」などで実験?研究をするときには、これまでどんな研究がされてきたのか、先行研究を調べることは重要です。「生徒たちも文献が見られたらいいのに」という声は高校の教員からもよく聞きます。オープンアクセスで、その課題の解決に期待します。

Profile

博士(理学)。東京大学理学系研究科博士後期課程修了。2018年から現職

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