物質と物質との境である「界面」。固体、液体、気体問わず、物質があればそこにはかならず界面があります。水と空気との境である水面も界面の一種です。
界面活性剤は、あらゆる界面に作用してその性質を変える物質のことです。水と油のように混ざりにくい物質を混ぜ合わせることもできます。洗剤、化粧品、食品などの身近な製品にも用いられているので、身のまわりのあちこちで界面活性剤の活躍を見ることができます。
なぜ、物質を混ぜ合わせられるのかというと、界面活性剤の分子は水に溶けやすい親水基と、水に溶けにくい疎水基の両方をもつ「両親媒性」構造だからです。この特徴によって、界面活性剤は物質と物質の「界面」で作用します。界面活性剤は、界面に吸着してその表面張力を低下させることで界面の性質を変えたり、疎水基が水から逃れるために界面活性剤分子が集まってミセルと呼ばれる会合体をつくることで、洗浄、可溶化、乳化、分散などのさまざまな機能を発現するのです。
界面活性剤の構造
両親媒性イオン液体C8FSAとアニオン界面活性剤SDSの混合水溶液系における表面吸着と会合挙動[??関連論文]
この界面活性剤の性質をイオン液体にもたせたのが、私たちの研究グループの開発した「両親媒性イオン液体」です。液体であり、そもそもイオン液体に疎水性の性質をもたせると、水に溶かしたときに界面活性の働きを示すのです。
イオン液体は、カチオンとアニオンのみから成る100℃以下で液体の塩であり、電気を通す性質をもつ安定な液体であるため、水や有機溶媒とは異なる第3の液体として電池材料や溶媒としての応用が進んできました。そのほかにも難揮発性、ユニークな溶解性などの特徴をもっています。界面活性剤とイオン液体、この両者の強みが合わさることで、これまでにない洗浄剤や溶媒の開発、薬を体内の特定の部位に運ぶドラッグ?デリバリー?システムなどへの応用が期待されています。
新しい界面活性剤をつくるだけではなく、物性評価もできるのが私の所属する吉村研究室の強みです。物質がどんな物性を示すのかを知り、物性と構造の関係を明らかにすることが、応用への道を描くための鍵となるのです。
界面活性剤分子の世界は数ナノメートルの小さな世界。界面で分子がどうふるまっているのか、目で見ることはできません。しかし、SPring-8やJ-PARCなどの大型の実験施設を利用したX線?中性子線の反射や散乱の実験を行うことで、界面活性剤分子の吸着状態やミセルの構造を詳細に知ることができ、見えなかったはずの世界が目の前に現れるのです。こうした瞬間は、研究でいちばん嬉しく楽しい瞬間です。
私たちが創ろうとしている物質は、世界にこれまでなかったもの。世界で初めての、新しいことに挑戦できるのは、どの分野においても言えるおもしろさです。ゴールに至る道も未舗装で、挑戦は試行錯誤の連続です。
心がけているのは柔軟さ。予想外だからこそ生まれる成果も、落ち込むのではなく楽しむようにしています。例えば、新規な両親媒性イオン液体を作ったはずが、ほとんど水に溶けなかったこともありました。ならばと方向転換して、逆に水に不溶性の両親媒性物質として単分子膜の研究をしたり、そのユニークな溶解性を活かして両親媒性イオン液体を媒体に用いた研究を展開させました。今後の新しいテーマを確立するためには、研究を継続すること、アンテナを張ることが大切で、まだまだ未熟だと感じています。
界面は身近な存在ゆえに、私たちの研究は社会から寄せられる期待も大きいです。例えば、企業で製品を開発するとき、「これを混ぜると性能が上がったけれど、理由がわからない」「困ったら界面活性剤を加える」ということはよくあると聞きます。そんなとき、私たちの基礎研究の視点から性能の向上を証明したり、裏付けができたり、力になれるはずです。
研究者としての道はまだ始まったばかり。初心に戻って知識と技術を積み重ねて、研究を進める上での考え方も身につけながら、私ならではの分子設計や評価手法を見出し、界面活性剤や両親媒性イオン液体の物性を明らかにすることが目標です。異なる性質の物質を調和させる界面活性剤のように、いろいろな知恵、視点を取り入れながら、力を発揮したいです。
前職は、高専の教員でした。高専は工学系の学校なので、これまでよりも応用研究に近いテーマにもチャレンジしようと、界面化学的なアプローチによる抗菌のメカニズムの解明に取り組みました。抗菌は、界面に付着する細菌に作用するものです。これまでの知見も活かせる分野でした。
オープンアクセス論文は、限られた大学、研究機関や企業だけでなく、誰でも無料で見ることができます。実際に私が出したオープンアクセス論文の閲覧数は、同時期に出した論文の約6倍、引用数は2倍以上あり、それだけ世界中の多くの方の目に留まり、影響を与えています。私の研究を知ってもらう機会が増えることは、世の中の役に立つことや将来の科学の進歩につながることが期待でき、研究を続ける原動力にもなります。